INTERVIEW

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重水憲朗
45

「ハマオカ」は、特別な場所でした

自己紹介をお願いします
湯之元生まれ湯之元育ちの45才。現在は日置市役所地域づくり課に勤務しており、移住・定住・空き家活用などの担当をしています。ひおきPR武将隊のリーダーも務めさせていただいており、歴史・戦国島津を切り口としたPR活動も精力的に実施しています。
ちなみに、二十歳の時には禿げ上がり、20代後半で退職前の男性と勘違いされるぐらいのビジュアルに仕上がっておりました。
HamaokaPocketParkに関わったきっかけを教えてください
永山さんから、ポケットパークを作る際、行政関係との調整に協力をもらえないかと相談をいただいたのがきっかけです。
 ハマオカに「BLACK ONE」シリーズの学ランの裏ボタンやボンタンとよく眺めにいったものです。残念ながら、お金が無く購入はできず、友達のお古を払い下げてもらってましたが…。このように個人的に、「ハマオカ」は特別な場所だったので、今回の話はついついテンションも上がり、今も関わらせてもらっています。
HamaokaPocketParkの未来をどう描いていますか?
「元湯・打ち込み湯」周辺活性化の鍵になると期待しています。
 屋外映画館化や開放的な野外BAR、ミニキャンプ場など「これしたい!!」を即カタチにできる場所になると思います。
狭い道、古い町並みにポンっと現れる「芝生のオシャレな公園」。芝生にオシャレなソファーやテーブルが配置され、温泉浴衣をオシャレに着こなした人々が、梅月堂の「ラムどら」や松下パンの「東中パン」を片手にコーヒーを飲んでいる。旧みかどストアー跡は、テイクアウト可のカフェや雑貨屋、射的など楽しめるスペースもあり、梅月堂からポケットパークへはコーヒー片手に移動する人々であふれ、一体がまるでテーマパークのよう。もちろん出発点は元湯打ち込み湯。そんな未来を妄想しています。
湯之元にどんな可能性を感じていますか?
40年ほど前、私が湯田保育園に通っていたころ、中央通りを歩くのが好きでした。あの狭い道に、焼肉店やラーメン屋、駄菓子屋さん、おもちゃ屋さん、花屋さん、温泉旅館…。歩いているだけで楽しい、そして誇らしい気持ちになっていたのを思い出します。
 湯之元は都市計画のエリアと旧町並みのエリアと2分化されている。これは、かなり面白い要素であると感じていますが、一番の可能性は「人」だと思います。面白い人が多いです湯之元は!